昭和48年、9連覇を成し遂げた巨人の川上哲治元監督が、当時、岐阜の正眼寺(厳しい専門道場として知られている)に参禅していたことが新聞でもとり上げられて話題になっていた。その時の公安が大凡このようなものでした。攻撃中でランナーが二塁にいるとき、二塁打以上以外の方法で二塁走者をホームに返して試合に勝つよう即座に采配せよでした。これは試合がどの段階まで進んでいて、今どのような状況に成っているのかの条件等がないので、理屈では解きようがない。坐禅では理屈は禁物であることを示している。

ついでに方広寺で経験した参禅入室の接心の作法も説明すると、方向寺では管長の部屋が一番高いところにあって、その下に坐禅堂がある。雲水の修行は私語を慎んで一切鳴り物で行動することになっているが、このときだけ坐禅中に直日(じきじつ:禅堂の進行役)のチーンの音の後の大きな一声で管長室の階段の下にある廊下に並んで接心の順番を待ち、その番がくると階段を上がって室の入り口で合掌礼拝し、中に入って五体投地の礼拝(両手、両足及頭を地につけて礼拝)、両手で二,三歩前に進んでから左に向き直してからもう一度五体投地の礼拝をして顔を上げると三メートル位先の管長と対座することになる。最初に公安を述べてから見解を呈する。

私の場合、“心とは何ぞや”でした。管長の部屋は、チー玉を一個つけた程度の薄暗い明るさのなか泰然とした姿で坐っている。掛け軸等でみられる達磨さんの姿ようで、それだけで圧倒される。公安に対する見解については、雲水も初めのうちは戸惑っていたに違いないが、我々素人にはなお更、坐禅中に工夫するといっても見当もつかず、その為、どうしても頭や浅智恵をつかってこねくりかえしたものを呈することになるが、管長は、そんなものをもってきても、50年、100年たっても解決するか、そんなものドブの中に捨ててきなさい、と一喝されて側に置いてある鈴を振ってチリン、チリンと鳴らされて追い返されるのがオチです。

鐘の音を止めてこい、帆かけ船を止めてみよ、雨の日に戸井を伝って落ちていく雨だれと一体になってこい、… どれをとっても頭や理屈で考えても何も進まない、解決しない。私はあるとき苦し紛れに老子様にどうすればよいのか問うと、首から上が無いと思って坐ってみよとも言われた。要は坐禅に徹しなさい、徹して、ずーっと徹していくと物と一対になってゆく、そして段々に消化して三昧になってゆくと、そのうち坐禅が教えてくれると。もう坐禅を一生懸命やるしかない。しかし私達はあくまで在家の身であり、将来僧籍を授かる雲水とは違って仕事が終わってからの参禅でしたから当然限度があって雲水の修行の一部をかじっているに過ぎない。これで果たして公安を透すことができるのかと疑問に思いましたが、でも自分の人生で二度とこんな機会は巡ってこないだろう、そう思って自分が坐禅そのものに成り切るしかない、もう一時はどうしても透したくて一生懸命になったことがあった。
(続く)

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